暗闇への疾走

 「自家用、自家用、トラック大型、バンは・・・なんだっけ」
12月27日午前3時、果てしないような黒い空から白い雪が降っている
服を着込めるだけ着込み、その上からダウンを羽織り、ズボンも2枚、靴下も2重にして履いている、さらに背中、ひざ、ひじにはカイロも貼ってあるが寒さは足元から体全身に広がり、時々立って足踏みをしないとそのまま凍え死んでしまいそうなくらい寒い
 彼は今、前を行く大きな道路を行く車をカウントしている、カウンターを持ち目の前を通り過ぎる車を車種ごとにカチッ、カチッとカウントしていく
「交通量調査」という仕事だ
「交通量調査」は大抵車通りの多い排気ガスの酷い道路の近くで行う
24時間で2万円、数年前までは2万2千円だったが不況の所為なのか、なんなのか年々金額は減っていく
しかも、説明会があり説明会の行われる場所までの交通費も自腹、実際に調査を行う場所までの交通費も自腹
当日の集合時間も大抵6時に設定されている場合が多いので、近ければ始発でギリギリ間に合うが、遠くて始発では間に合わないような場合でも仕事には入れる、つまり自分でなんとか間に合うようにしろってことだ
今日も彼は調査の前日にマンガ喫茶に泊まってきたので実際手元に残るのは1万5千円がいいところだろう、24時間調査でも食費などは一切出ないのであとはそこを切り詰めていかに多くしていくかだ
仕事は交代制で大抵2時間調査をして1時間休憩、それを24時間繰り返していく、3時間調査、1時間休憩の現場もある
しかも交通量の調査は冬場が多く、寒さがなによりこたえる
動いていればコート一枚でもしのげる寒さが2時間座りっぱなしだと体の芯まで冷えるからだ
今日は雪が降っていていて余計に寒さが堪えるが雨の日よりはましだ
調査票を雨に濡らしてはいけないからだ
最後に調査票を渡してお金をもらうので自分の体を濡らしてでも調査票を守らなければならない、そうしないと監督に文句を言われる
何度も経験していくと自分の体が濡れても調査票を守ろうと調査票を中心に傘を差すようになる
雪の日は雨の日よりは調査票が濡れにくい
凍えるような寒さがいくら辛くとも調査票が濡れるよりましだと考えるようになる

9月3日
 
自分の体より2万円が大事になる

普通に考えればマクドナルドでバイトをした方が圧倒的に割がいい
少し考えただけでその差は歴然としている
24時間起きていなければいけないなんてこともないし、寒さに凍えることもない
説明会に一日、仕事で一日、そして仕事明けは疲れ果て何もできない

でも、WEBや求人紙で募集がかかると

でも、すぐに眠れるような疲れではない、やっていること自体はただカウンターをうっているだけでさほど疲れるわけではないからだ
それよりもむしろ24時間の単調さを耐え切るために精神的な疲れが大きい
だから、仕事があけて家に帰ってもすぐには眠れない、


僕はぽつぽつマツダと名乗った人物に身の上を語っていた
友達のいない僕は普段、誰かと話をすることがほとんどない
買い物をするとき割り箸を付けるかどうか聞かれたとき
安い定食屋に入り、帰りにごちそうさまと言うくらいだ
だから僕は仕事の時は妙に饒舌になる、話すことを嫌う人も多いが勝手に喋る、相手も最初は適当に返事をするだけだが、こんな時僕は妙に人懐こくなり、相手も段々話に乗ってくる、境遇が似ているのも関係しているのかもしれない
今日の地点は交通量が多くて大変だとか、少なくてラッキーだったとか、そんな話から徐々に毎月ギリギリの生活をしていること、今まで体験した仕事がいかに酷かったかということ、去年のお正月はフリカケの粉だけで過ごしたこと、ガス代が払えず水のシャワーを浴びていること
「でさ、ピッキングっていうんだけど、最初話を聞いたときはただ倉庫に行って注文票?みたいなのを見ながら、倉庫にある商品をカゴに入れるだけだっていうわけ、でこれなら簡単そうだし自分でもできるっておもったわけ、でも実際やってみたら案外重い荷物が多くて腰は痛くなってくるし、それだけならいいんだけど一緒についた先輩の派遣がさ、作業が遅いって度々文句を言うわけ、誰それさんはもっと早かったよって比べるんだけどさ、自分は初めて、誰それさんはもう何ヶ月もやってる人なんだよ、そんな人と比べられてもさ、おまけに妙に威圧的だし、しかも現場のどこかで常に怒号が聞こえるんだよね、腰が痛いだけなら我慢できるけど、その先輩と現場の雰囲気があまりに怖くてもう2、3時間で嫌になったよ、でも、あと4、5時間我慢すれば6千円もらえるからって我慢してたのね、ところが最初に聞いてた時間になっても全然終わる気配がないわけ、フォーク動かしてた人とか社員さんらしき人はぽつぽつ帰っていくのを横目にさ、派遣らしき人達は当たり前みたいに作業しててさ、一番困ったのが発注票に書いてある商品がどうしても見つかなかったとき、もう約束の時間は2時間は過ぎてるし、これで終わりかなと思ってたのに、あとスポンジ一個が見つかんないんだよ、責任者の人に聞くのはおっかないから最初周りで作業している聞いたんだけどそんなこと知らないっていうし、酷い人なんて無視だよ、それでどうしようもなくなって先輩のところに行ったらなんかちょこっとコンピューターで検索してんのかなあ、それでコンピューター上ではあるはずだから探せって言うんだけど、もう絶対ないんだよ、そもそもその先輩が怖いからなるべく自分で探そうとしらみつぶしに探して、そろそろまた遅いって言われるかと思ってどうしようもなくなって聞きに行ったんだし、でもあるはずだからって、一緒に行って確認しようともしない、兎に角探せって、だから必死で探すフリをしたよ、もう泣きたくなったよ、結局うやむやに今日はこのくらいで終わるからって、助かったと思ったね、所持金1万円なかったけど、次の日からはもう行かなかった、給料でないかなあと思ったら土曜日に振り込まれてて